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名古屋地方裁判所 昭和44年(行ウ)26号 判決

愛知県尾張旭市旭ヶ丘町山の手二六九番地

原告

小島久良子

右訴訟代理人弁護士

山口源一

右訴訟復代理人弁護士

加藤保三

同県瀬戸市熊野町七六番地

被告

尾張瀬戸税務署長

鈴木俊郎

右指定代理人

伊藤好之

長谷正二

吉田和男

蒲谷暲

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

(原告)

一、「原告の昭和四一年分所得税について、被告が昭和四三年一〇月一八日付でなした総所得金額を一四七万四、五六三円とする再更正処分のうち、三〇万一、三七五円を超える部分を取消す。

二、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

(被告)

主文同旨の判決。

第二、当事者の主張

(請求の原因)

一、原告は、昭和四一年分所得税について、昭和四二年三月一三日、別表(課税処分表)「確定申告」欄記載のとおりの確定申告をなした。

二、名古屋中税務署長は、昭和四三年六月一九日、別表「更正」欄記載のとおり更正処分をなした。

三、原告は、昭和四三年七月一七日、名古屋中税務署長に対し、右処分について異議申立をしたところ、同署長は、原告の住所移転により右異議申立書を被告に移送した。被告は、同年一〇月一一日付で右申立を棄却する決定をしたが、右決定の通知書が原告に送達されなかつたため、結局右異議申立は、同年一〇月一八日名古屋国税局長に対する審査請求に移行した。

また、原告は、右と別個に同年一一月一六日、名古屋国税局長に対して前記更正処分について審査請求をなした。

四、被告は、これより先同年一〇月一八日、別紙「再更正」欄記載のとおり再更正処分をなした。

五、原告は、同年一一月一六日、被告に対し右処分について異議申立をしたところ、被告は、前記のとおり既に更正処分について審査請求がなされているので、右異議申立書を名古屋国税局長に送付し、その旨原告に通知した。

六、名古屋国税局長は、昭和四四年四月一六日、前記昭和四三年一一月一六日付審査請求については却下する旨の、前記各みなす審査請求については、これを棄却する旨の、各裁決をなした。

七、しかし、被告は原告のなした不動産の譲渡については、当時施行の租税特別措置法、但し昭和四一年法律第三五号による改正以後。以下「措置法」と略称する。)三五条二項を適用すべきであるのに、その適用がないとして、本件再更正処分をなしたものであつて、右処分は違法である。

(請求原因に対する認否)

請求原因一ないし六の事実は、すべて認める。

(被告の主張)

一、被告が原告の譲渡所得について措置法三五条二項の適用を否定し、右所得金額を一四二万三、九九三円と算定した根服は、次のとおりである。

1 原告は、昭和四一年九月三〇日、その所有にかかる名古屋市昭和区萩原町四丁目八番所在の宅地二二四・七九平方米および同地上家屋六五・二八平方米(以下、本件譲渡資産という。)を訴外夏目和雄外一名に三五〇万円で譲渡し、同四二年二月一八日訴外不動産商事株式会社から愛知県東春日井郡旭町大字新屈字海老蔓五、一八二番の八九四、同八九五所在の宅地二五八・二五平方米(以下、本件土地という。)を一三四万三、〇〇〇円で購入した。

2 原告は昭和四二年三月一三日、本件土地上に、本造瓦葺平家建居宅五二・五七平方米(以下本件家屋という。)を同年九月三〇日までに建築取得し、居住の用に供する見込みであるとして、措置法三五条二項の適用を受けるべく、同法施行規則一七条一項により名古屋中税務署長の承認を受けて、所得税の確定申告をなした。

3 ところで、被告の調査によれば、原告は、本件譲渡資産を譲渡した日(昭和四一年九月三〇日)から一年以内である昭和四二年九月三〇日までにその主張にかかる本件家屋を取得していないこと、本件土地については、本件譲渡資産を譲渡した日から一年以内の取得にかかるものであるがその取得の日(昭和四二年二月一八日ぬから一年以内である昭和四三年二月一八日までにこれを居住の用に供していないことが判明した。したがつて本件土地および家屋は、居住用資産の買替に該当しないものである。

すなわち、原告は、本件家屋の建築を訴外株式会社河田組に依頼したところ、右河田組は、昭和四二年一〇月二八日原告に見積書を交付して、同年一一月一日工事に着手し、翌同四三年二月はじめ、未完成のまま工事を打切つた。

従つて昭和四二年中に原告が本件家屋を取得することはありえない。

また、右工事打切りのときの状況は、畳、建具もなく荒壁の状態であつたから、昭和四三年二月末までに右家屋を完成させ、これに居住することは無理な状況であつたが、原告は、その後、同年三月二日訴外後藤木工合資会社に依頼して建具をとりつけ、同月一六日電気施設を設置し、同年四月一日水道施設を設置した。

そうすると、原告が本件家屋を取得したのは、昭和四三年以降であり、本件土地が居住の用に供せられる状況になつたのは、同年四月以降である。しかし、原告は従前からその所有にかかる名古屋市中区栄三丁目三二番三号所在の家屋(以下、栄の家屋という。)に居住していたものであつて、現在に至るも、原告は右家屋を生活の本拠とし、本件家屋には、月に数回管理のため夜間宿泊する程度であるので、本件土地および家屋は主たる居住の用に供されていない。

このことは、本件家屋における電気、水道の使用量が極めて少く、栄の家屋については、電気、ガス、水道の使用量に目立つた変化の認められないことからも明らかである。

二、従つて本件土地、家屋はいずれも措置法三五条二項に規定する買換取得資産に該当しないので、原告の譲渡所得金額は次のとおりになる。

1 本件譲渡資産の譲渡価額 三五〇万円

2 本件譲渡資産の取得価額 三二万四、三四五円

3 本件譲渡資産の譲渡経費 一七万七、六六九円

4 差引譲渡益(1-(2+3)) 二九九万七、九八六円

5 譲渡所得の特別控除 一五万円

6 譲渡所得金額(4-5) 二八四万七、九八六円

7 課税される譲渡所得金額(6×1/2) 一四二万三、九九三円

(被告の主張に対する認否および原告の主張)

一、被告の主張一、1および同2の事実並びに同3の事実中、原告が河田組に建築を依頼したこと、原告が従前栄の家屋に居住していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

二、河田組が本件家屋の建築に着手したのは、昭和四二年八月一〇日であり、同年一〇月中旬に建前を了し、昭和四三年一月に工事を打切つたが、その際の工事の状況は座敷、廊下が荒壁であつたほか大部分の工事は完了していたのであつて、愛知県尾張事務所において、同年二月一二日、同月九日に右工事が完了した旨の建築確認検査をうけることもできた。そこで、原告は予定どおり、同月一一日から生活の本拠として本件家屋の玄関わきの小部屋に居住することとなつた。電気、水道については、予定の二月中には設置されなかつたが、隣家から措用していたので、日常生活には何ら支障はなかつた。

また、被告主張にかかる栄の家屋の実質上の所有者は、原告の前夫柴田正男であり、右家屋は、従前から原告の子供達が使用し、一部は他に賃貸しており、別棟の借家人中江幸一とは水道を共同使用しているのであるから、水道については勿論、ガス、電気についても原告の移住後、その使用量にさしたる変化は生じないのである。

ところで、最近の税務実務では建築事情等を考慮し、譲渡の日後一年以内に家屋を取得しなくとも、右一年以内に建築に着工し、少くとも基礎工事を了した段階で、その後の一年の居住期間内に必ず右家屋の引渡しを受け居住の用に供するであろうことが確実と認められる場合には、取得制限期間を越えたことを理由として措置法三五条二項の適用を否認しない方向で取扱われているし、また右の趣旨に措置法を解することも不可能でない。特に、本件においては、原告は、当初買換資産として他に土地を求めたところ、詐欺にかかり、その代金取戻しに日時を要したので、措置法の適用の有無について名古屋中税務署に問い合わせたところ、右解釈と同趣旨の行政指導を受けたものである。

従つて、原告は、譲渡の日(昭和四一年九月三〇日)から一年以内である昭和四二年八月一〇日、本件家屋の建築に着手し、本件土地購入の日(同年二月一八日)から一年以内である昭和四三年二月一一日、本件土地、家屋を生活の本拠として居住の用に供するに至つたので、当然措置法三五条二項の適用をうくべきものである。

第三、証拠

(原告)

甲第一号証の一ないし二一、同第二号証、同第三号証の一、二、同第四号証の一ないし四、同第五、六号証を提出し、証人宮下紀世子、同村上美枝、同柴田正男の各証言および原告本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立は認める。

(被告)

乙第一ないし同第一二号証を提出し、証人梅森美佐男の証言を援用し、甲第一号証の二ないし四、六、七、一七ないし一九、同第二号証、同第三号証の一、二、同第四号証の一ないし四、同第五、六号証の成立は認める。同第一号証の五、二〇は否認する。その余の甲号各証の成立は知らない。

理由

一、請求原因一ないし六の事実および原告が昭和四一年九月三〇日、その所有にかかる本件譲渡資産を三五〇万円で譲渡し、同四二年二月一八日本件土地を一三四万三、〇〇〇円で購入したことは当事者間に争いがない。

二、そこで判断するに、成立に争いのない甲第一号証の六、七、一八、同第二号証、同第四号証の一、同第六号証、成立に争いない乙第一号証ないし同第九号証に証人梅森美佐男、同柴田正男(一部)の各証言および原告本人尋問の結果(一部)を総合すると

1  原告は、従来自己の所有する栄の家屋に居住し、箏曲の教授をしていたところ昭和四〇年二月、同二五年以来別居していた夫柴田正男と離婚するにあたり柴田が右家屋を所有することになり、原告は子供達の養育費の支払をうける代償として引きつづきこれに居住することになつたが、郊外に土地を求めて移住したいと考えるようになり、前記譲渡資産の売却代金で愛知県三好町に土地を求めたが、砂防地であつたため家屋を建築することができなかつたので、右売買契約を取消して、本件土地を購入し、右柴田の知り合いの河田組に建築を依頼することとなり種々交渉の結果、昭和四二年一〇月末ごろ両者間に工事請負契約書をとり交わし、同年一一月一日地鎮祭をとり行い、工事に着手し、同年一二月はじめに建前を了し、工事が続けられたが、昭和四三年二月はじめころ両者間の意見の対立が激しく、右河田組はついにその工事を中途で打切り工事代金一部未済のまま本件家屋を原告に引渡した。

右工事打切りの際、本件家屋は荒壁のままで内部塗装も未了であり、畳、建具もなく工事中河田組が隣家から借用して仮設していた工事用電気施設は右工事打切りの際にとりはずされたままであり、ガス、水道の施設もなく、これに居住することはできない状況であつたが、その後原告は後藤木工合資会社に依頼して同年三月二日建具をとりつけ、同月一六日電気施設を、同年四月一日水道施設を各設置したほか、同年三月一四日プロパンガス用ポンベを最初に搬入し、本件家屋は居住することができる状態となつた。

2  しかし、その後も原告は、栄の家屋における箏曲の教授を継続する必要もあり、原告の子供達でこれに居住する者もなく、また、引渡をうけた本件家屋の当初の状況が前記のとおりであるほか、その生活環境も栄の家屋に遙かに劣るものであつたので、従前に引きつづき主として栄の家屋に居住し、本件家屋は時々管理のため赴いて寝泊りする程度であり、この状態は昭和四三年七、八月ごろまでつづいた。

以上の事実を認めることができる。成立に争いない甲第一号証の二、同第三号証の一、二の存在は前顕乙第三号証同第七号証と併せ考えるとき格別右認定の妨げとならないしまた右認定事実に反する証人村上美枝、同宮下紀世子、同柴田正男の各証言、原告本人尋問の結果は前顕各証拠と対比して措信できないし、その他右認定事実を覆えすにたりる適切な証拠はない。

3  原告は昭和四三年二月一一日から本件家屋の玄関わきの小部屋に居住するに至つた旨主張し、証人村上美枝、同宮下紀世子、同柴田正男の各証言および原告本人尋問の結果中右に符号する部分はあるけれども、右日時ごろ、本件家屋にはまだ電気、ガス、水道の設備は施されていないこと、畳も入れられていないこと等前記認定事実に照らすと、右各証拠は信用できないし、ほかに、右事実を認めるにたりる証拠はないので、原告の右主張は採用できない。

4  ところで、措置法三五条は、個人がその有する土地等又は家屋の譲渡をし、その譲渡の日前一年以内の期間又は当該譲渡の日から一年以内の期間内に、当該個人の居住の用に供する土地等又は家屋を取得し、右取得の日から一年以内に当該個人の居住の供した場合に、居住用資産の買換があつたものとして、当該年分における譲渡所得に対する課税について例外的措置をとることを許すものであるから、右取得期間、居住期間の制限は厳格に適用すべきものと解する。そこでこれを本件についてみると、先に認定したとおり原告は昭和四二年一一月一日本件家屋の建築に着手後、工事半ばで右家屋の引渡をうけこれを取得したのは同四三年二月はじめころであり、右家屋が居住の用に供しうる状況になつたのは、同年四月以降であつたが、原告は、昭和四三年七、八月ごろまで右家屋を主たる住居として利用していないので、本件家屋については、資産譲渡の日から一年以内である昭和四二年九月三〇日までに、これを取得したものとは到底いえないし、また原告の主張する取得に関する税務取扱または解釈によるとしても、前記認定によれば右期日までに工事に着手し、少くとも基礎工事が完了していたものともいえない。

また、本件土地については、原告は資産譲渡の日から一年以内である昭和四二年二月一八日、これを取得したが、右取得の日から一年以内である同四三年二月一八日までに居住の用に供したとはいえない。

よつて、原告の本件土地家屋取得は本件譲渡資産の買替に該らないこと明らかである。

三、従つて、原告の昭和四一年分所得税にかかる総所得金額に加算すべき譲渡所得金額を計算すると前記のとおり本件譲渡資産の譲渡価額は三五〇万円であり、その取得価額および譲渡経費については、原告が明らかに争わないのでこれを認めたものとみなすべきであるから、取得価額は三二万四、三四五円、譲渡経費は一七万七、六六九円であるので、譲渡益は二九九万七、九八六円であり、所得税法三三条四項により特別控除額一五万円を控除した後の譲渡所得金額は二八四万七、九八六円となる。そして総所得金額に加算すべき譲渡所得金額は、同法二二条二項二号ににより右金額の二分の一であるから、一四二万三、九九三円である。

四、右譲渡所得金額に当事者間に争いのない不動産所得金額五万〇、五七〇円を加算すると、総所得金額は一四七万四、五六三円となるので本件再更正処分は適法である。

五、よつて、原告の本訴請求は理由がないので、これを棄却し、訴訟費用の負担については、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山田義光 裁判官 下方元子 裁判官 樋口直)

別表

課税処分表

〈省略〉

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